翻訳WS

日本英文学会関東支部主催の翻訳ワークショップ。こちらもご参照。


二部構成。前半は、私は他に例を知らない完全SOHO型の出版社で、数々の貴重な本の版元であり、また人文系研究者必読と言われるウラゲツ☆ブログも運営している月曜社のお二人のお話を中心に。月曜社の成り立ちやその活動形態、翻訳のラインナップの選定や原著者とのやり取りの仕方、翻訳(者)に求めること、などの話から、昨今の出版業界の状況(新書ブームとか)や今後のあるべき方向性などの広い話まで。私が実際にお会いしたことがある数少ない編集者の方々は皆とても優れた方々で、いつも蒙を啓かれてばかりだけど、やはり今回もそう。


後半は、昨年その月曜社から翻訳出版されたギルロイの『ブラック・アトランティック――近代性と二重意識』の翻訳者を含む三人の先生たちから、この翻訳に関する話。今回の話は、翻訳をするときにはいわゆる「英語力」だけでなく、やはりその著作が扱っている事柄やその背景について知っておくべきことがある、ということ(当然と言えば当然だが実際にはいろいろ難しいこと)の、ひとつのケースを示すことが主眼であったと理解している。それがこのギルロイの著作の場合には、カントやヘーゲルをはじめとする「伝統的」な西洋思想であり、ウィリアムズやホールなどを含むイギリスにおけるマルクス主義批評の伝統であり、なかんずくイギリスのブラック・ミュージックに関する知識であるわけだ。特に最後の点に関しては、DVDなども観せつつ、ジャマイカからの移民が増加する中でイギリスに導入されたレゲエが、1970年年代以降、「伝統的」なイギリスのロックやパンクとどのように関係を結び、アメリカのものとは違うブラック・ミュージックが成り立ってきたのかということを解説(もちろん時間の関係でその触りだけだけど)。とても面白い話であった。


それから、ギルロイはしばしば、文章の中に(特に章や節のタイトルに)、それとは言及せずに様々な音楽のタイトルなどを織り込んだりしているそうな。そういった「元ネタ」に関しては翻訳中に気付いたものも相当あったそうだけど、まだまだ気付かなかったものがありそうだと。で、おそらく新しい本の中でも1990年代後半以降の新しいヒット曲などからの「元ネタ」があるはずだと。ということなので、ギルロイを英語で読むときには、それらしい表現はとりあえず検索してみるのも面白そうだ。


懇親会にも参加。昨今の人文・社会系アカデミズムの状況からボーイズ・ラヴの話まで、いろいろ盛り上がる。普段は社会学者や人類学者とお会いすることはほとんどないので、貴重な機会であった。