『新編 シェイクスピア案内』

前のエントリーで紹介した、日本シェイクスピア協会編新編 シェイクスピア案内をご恵贈いただきました。ありがとうございます。


ということで、早速一読。全11章と文献ガイド、王統系図、年表、索引という構成。各章は、シェイクスピアの生涯、当時の政治状況、各ジャンル(喜劇[ロマンス劇も含む]、歴史劇、悲劇)と詩のそれぞれについての解説、当時の印刷・出版状況と現代の本文編纂について書誌学の話、批評史・受容史、当時の劇場の様子や上演・映画化、日本における受容(現代のポピュラー・カルチャーでの受容も含む)といった内容。


現代日本シェイクスピア研究を牽引する第一人者たちの手になるだけあって、さすがにどの章も勉強になる。そのなかでも、16世紀後半から17世紀初頭のイングランドを取り巻く国際情勢を、フィリップ・シドニー、フランシス・ウォルシンガム、レスター伯、エセックス伯ら「国際武闘派」プロテスタントの貴族・軍人たちを中心に記述した第2章「シェイクスピアの時代」と、当時の土地財産制度とその相続権、そして課税権をめぐる議論などを中心に、そこからシェイクスピアの歴史劇を論じる第4章「シェイクスピアの歴史劇」、シェイクスピアの詩作品を手稿文化から活字出版文化への変遷のなかに位置づける第6章「シェイクスピアの詩」あたりは、いわゆる「入門書」の範囲を越えているように思われ、異彩を放っている。これは別に悪いことではなくて、こういった話は「今の」シェイクスピア研究(のみならず初期近代研究)には必要なわけで、通り一遍の「入門書」には収まらない、本書の「深さ」を示している。


もちろん他の章も、上記のふたつの章に比べれば「入門書らしい」ものだとは思うけど、書き手の学識や視点の鋭さの伺えるものであることは変わりない。特に第9章「シェイクスピア批評2(20世紀以降)」は、「批評理論の実験場」としてのシェイクスピア批評の歴史を通して、新批評、ジャンル論、受容理論と観客反応論、新歴史主義と文化唯物論、政治批評(ジェンダーセクシュアリティ、ポストコロニアリズムなど)について一通り概観することができて、さらにその先への示唆をも含んでいて有益。もっと紙幅があれば、それぞれの批評動向についてより具体的な説明をしてもらえたのではないかと思われ、そこはもったいなかったかもしれない。もちろん、これは様々な制約があったせいだろうから、仕方がないことだと思うけど。シェイクスピア批評史を詳細にやろうと思ったら、それだけで大著一冊になってしまうだろうし(そういう本が日本語であると助かるけど)。