不思議な表記

研究日。たまには18世紀関係の本でもと思いながら部屋を眺めて、先日購入した以下の本を持ってファミレスへ。

第一章は16世紀後半〜17世紀の<教養の旅>としてのグランド・ツアー、その後は主に18世紀から19世紀を対象に、第二章はいわゆるピクチャレスク・ツアー、第三章は<歩く>ことにこだわる旅であるペデストリアン・ツアー、第四章はロンドンという<大都市の旅>であるロンドン・ツアーと、さまざまな旅/旅行に関して、副題にあるとおり「教養の旅から感性の旅へ」というコンセプトで概ね時系列的にその展開を論じるもの。主な素材は旅行記や旅行案内書だけど(終章では19世紀末に刊行された雑誌『カントリー・ライフ』を扱っている)、ロマン派の詩人と<旅>の関わりなどにも紙幅が割かれている。様々な旅行者/旅行記作家についてのエピソードが描かれていて、いろいろと面白いし、かつて高山宏氏の18世紀ピクチャレスク論をそれなりに頑張って読んだ身として、氏の議論も思い出しつつ興味深く読む。


で、いろいろと勉強になったのだけど、読んでいてどうにも気になったのは、不思議な人名表記。
例えば、「十七世紀のイタリアの風景画家、クロード、サルヴァツール、プッサン」(72頁)とあったりする。本書ではほぼ一貫してClaude Lorrainを「クロード」と呼び、Salvatore(またはSalvator) Rosaを「サルヴァツール」と呼ぶのであるが、ここはやはり「お知り合いですか?」と突っ込むべきなのだろうか。それに、後者に関しては、通常は「サルヴァトーレ」あるいは「サルヴァトール」と表記されているところ、「ツ」である。これはこだわりかしら。


それから「プッサン」に関して。本書で主に出てくるのはNicolas Poussinで、彼はフランス出身(クロード・ロランも)なので「ニコラ」となるようだ。で、ほとんどの箇所では「ニコラ」となっているのだけど、一回だけ「ニコラス・プッサン」となっている。まあ、それくらいは別にかまわないのだけど、一箇所不思議なのは、「ニコラ・プッサンガスパールプッサン)」という書き方(51頁)。もちろん、ニコラとガスパールは別人なわけだけど(ガスパールはニコラの妻の弟で、後に養子になったので苗字が同じになった)、そのあたりの区別が本書では結構微妙に思えて、引用している文献の中で「ガスパール」の方に触れていても、前後の記述では一貫して「プッサン」としか言っていなかったり、挙句上記のように括弧を使って並列していたりする。むろん、両者はともに17世紀にイタリアで活躍した風景画家であり(画風も似通っていたそうな)、ともに18世紀のイングランドでその作品が人気を得たという点で共通しているようだから、その限りでは議論の文脈上同等に扱ってもいいのかもしれないけど、それゆえ両者は混同されやすいから気をつけろと、かつて高山氏が述べていたのだ(と記憶している)。なので、そのあたり一言ないと誤解を招くのではないかなと。


他にも不思議な表記はあって、例えばスモレットの小説の登場人物(作品名でもある)「ロドリック・ランケム」(Roderick Random)(105頁)とか、「メアリ・ウルフトンクラフト」(163頁)とか、単純な誤植かなと思う箇所もあるのだけど、思わずのけぞったのは、「サミュエル・ティアラ・コウルリッジ」(149頁)。(なんだか、<頭にティアラをつけた老水夫>とか思い浮かんで自分でもわけがわからない。)これもこだわりかしら。


と、珍しく揚げ足取りみたいなことも書いたわけだけど、いろいろと勉強になる面白い本だと思ったので、それゆえなんだか気になってしまったというだけのこと。あと、もちろん自戒。