6月前半

いや、ほんと最近このブログが,更新が少ないとか、つまらんつまらんとか言われるのだけど、申し訳ないことであります。

6月2日(木)、授業後、うちの大学のグリークラブとイェール大学のアカペラ・サークルのジョイントでチャリティ・コンサート。うちのグリークラブは伝統も実績もあるところだし、Yale Alley Catsというグループは聞くところでは世界のいろいろなところでパフォーマンスをしているようなところらしい。ということで両者ともすばらしいパフォーマンスで魅せてくれた。やはり歌は「リリンが生み出した文化の極み」であるか。

6月3日(金)、昼に埼玉へ出張。高校に教育実習に行っているゼミ生の研究授業。よく頑張っていると感心。人の授業を見るのは久しぶりなので、いろいろ刺激も受ける。

6月11日(土)、昼から新宿。まずは新宿中央公園へ行き、脱原発デモに少しだけ参加。集会でのスピーチや演奏など聴き(制服向上委員会の「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」にはぶっ飛んだ)、サウンド・デモを開始してちょっと歩いたところで離脱。

その後、夕方に新宿武蔵野館ジュリー・テイモア監督、ヘレン・ミレン主演の『テンペスト』。正統派な感じででこれはこれでよいと思うのだが、でも、いま敢えて『テンペスト』という点ではどうもピンとこない。プロスペロを女性のプロスペラとした点についても、母性がどうのと言われるようだが、これもやはり、なぜ今「母性」なのかと思ってしまう。キャリバンについても、いや、もちろん、『テンペスト』をやるならポストコロニアル批評を踏まえろとか何とかいう気もないのだけど、やっぱりちょっとなあ、と。ということで、この作品については、業界関係者の方々のご意見なども伺いたいところ。

その後、デモの終着地であるアルタ前の様子を少し見にいってから、年年有魚・企画公演 talk show #1『your little smile』@新宿眼科画廊。スケッチ風の短い会話劇を5編並べたもの。どの作品も、あいかわらずうまいなあ、と。我らがNo.4出演の「can't recall...ing?」は、この劇団としてはちょっと珍しい、俗に言う「シュール」な感じか。

6月12日(日)、午後から国立。「歴史と人間」研究会一橋大学。久しぶりにお邪魔させていただいて、「歴史家」としてレイモンド・ウィリアムズについて発表を拝聴。もちろん彼は本職の歴史家ではないわけだけど、常に「歴史」と向き合ってきたわけで、そのあたりの話。思えば、発表者は社会学の出身でウィリアムズ論で博士号をとった方で、聴衆はほとんど歴史学者という場であったわけで(諸事情あってウィリアムズ研究会系列の方々が来れなかったので、文学畑は私だけだった)、それもまたウィリアムズの奥深さを示しているのかもしれない。

レイモンド・ウィリアムズ: 希望への手がかり

レイモンド・ウィリアムズ: 希望への手がかり

英文学会&ジョンソン協会

備忘録をつけることすら忘れることを防ぐにはどうしたらよいのか。

5月21日(土)、昼から小倉。日本英文学会第83回全国大会@北九州市立大学
シンポジウム第4部門「1990 年代以降のイギリス映像文化を読む?」を拝聴。本来はもっと自分の専門に近い部門にいくべきところ、授業でのネタ探しというヘタレな理由でこちらへ。どちらの関係者にも申し訳ない。が、それはそれとして、いろいろ情報を得ることもできたし、単純に勉強になった。

夕方からは学会の「正規の」懇親会。別に政治的に振舞おうというわけではない。その後、知人とお茶などして早々にホテルへ。バッグに突っ込んできたワイシャツがしわになったのでアイロンを借りるなど。

5月22日(日)、英文学会2日目。研究発表第6室で初期近代関連の発表を3本拝聴。2本はシェイクスピア、1本はベン・ジョンソン。残念ながら第4発表は中止。聴いた発表はどれも大学院生によるものだけど、もちろん今の私なんぞよりはるかに勉強しているので、いろいろ刺激を受ける。我が身の体たらくを省みる。

午後の特別シンポジウムは失礼して(関係各位に陳謝)、小倉駅で土産を購入、東京に発送し、知人とランチの後、少し小倉の街を歩き、小倉城など。

夕方からジョンソン協会の幹事会。いろいろ議論になる。その後、懇親会。で、もう一泊。

5月23日(月)、授業を休講にして小倉に居残り。日本ジョンソン協会第44回大会@小倉リーセントホテル。
シンポジウムは、総務委員という立場上、あまり集中して聴くことができなかったのだけど、18世紀英文学における「カリブ」表象の多様性と面白さはわかった。総会では、総務委員2年間の最後に見事な一人相撲をとるなど。

その後、懇親会。夜の飛行機で帰京。疲れた。

5月前半

備忘録。あとで補足するかも。

5月3日(火)、昼にシュルレアリスム展@新国立美術館ブニュエルの「アンダルシアの犬」を初めて通してみた。

5月6日(金)、ようやくの授業開始。ばたばたする。

5月8日(日)、昼から赤坂。劇団☆新感線『港町純情オセロ』@赤坂ACTシアター

5月14日(土)、午後に秋葉原。国際異文化学会春季研究発表会@首都大学東京 秋葉原サテライトキャンパス。ギャリック版『リア王』に関する発表で司会を。

『ナショナリズムと想像力』

ご恵贈いただきました。ありがとうございます。

ナショナリズムと想像力

ナショナリズムと想像力

ブルガリアでの講演録(質疑応答も含む)で、小著とはいえ中身は濃密。ここでもやはり比較文学の可能性を論じているが、こういうのを読むとやっぱりもっと語学の勉強しないとなと思ったりする。

イギリス演劇の「スペクタクル化」

4月24日(日)、午後から神保町。第37回スチュアート朝研究会@専修大学神田キャンパス。

例年なら3月にやっているところ、延期して昨日。今回は5月の英文学会シンポジウムに出るメンバーによるリハーサル的な発表。取り上げたのは、スコティッシュ・バラッド・オペラ、シェリダンのバーレスク、パントマイム、サヴォイ・オペラ。基本線としては、教科書的な英文学史あるいはイギリス演劇史からは抜け落ちがちな、18世紀中葉から19世紀後半までの、とりわけ視覚的スペクタクル性や音楽に重点を置いたものをどう位置付け評価するかということ。台詞を重視して「演劇とは耳で聴くものである」と考えたり(シェイクスピアあたりなら確かにそうだろうけど)、あるいは台詞を「読んで」味わうという風に考えたりすると評価のしようのないような作品群が、むしろこの時期の劇場では中心的な演目であったわけで、音楽や視覚的スペクタクル装置、絵画的舞台造形、台詞なしのパントマイムの役者の身体性といった点や、あるいはメタ・シアター的要素などに着目することで、幅を広げた議論になる。もちろんそこにブリティッシュネスや階級性といった「政治的」問題も絡んでくるわけで。

研究会や懇親会ではいくつかおめでたい話も聞き、いろいろ元気が出た。ようやく来週から勤務校の授業も始まるし、がんばっていこう。

新自由主義研究会

4月17日(日)、新自由主義研究会@一橋大学。2週連続の開催で勉強させていただく。まとめはこちらを。
おかげでしばらく「(ポスト)モダン」なことを勉強させてもらったわけだけど、そろそろアーリー・モダンに戻る。

で、その「モダン」を語る言説において、その歴史的起点になるのはフランス革命あたりなわけで、それはそうなのだろうと思うけど、私自身がそのあたりまったく不勉強なせいで、こういう話を聞いていると、じゃあ17世紀の英国のあれ(とりわけ、同時代的にも「革命」と呼ばれた1688−9年のあれ)はなんだったんだ、という素朴な疑問がしばしば頭をよぎるわけで。いや、もちろん全然性質の違うものだろうし、Whig史観やかつてのマルクス主義的なあれに戻ればいいわけではまったくなくて、そういうのを経たうえであらためて長い歴史的スパンで考えてみたいなと。まあ、前々からそう思いつつあいかわらず勉強していないだけだが。

で、やはり↓を頑張って読まないといかんなと。もちろん話はドライデンの問題でもあって、そのあたりも前々からの懸案事項。

1688: The First Modern Revolution (The Lewis Walpole Series in Eighteenth-Century Culture and History)

1688: The First Modern Revolution (The Lewis Walpole Series in Eighteenth-Century Culture and History)

新年度が始まっている

また間があいてしまった。このブログはできるだけ平常運転でいきたい。

ということで備忘録。

4月2日(土)、大学院入学式&ガイダンス。私は大学院は担当ではないけど、ガイダンスだけ顔を出し院生に挨拶など。その後、新入生歓迎会をプロデュース。

4月9日(土)、レイモンド・ウィリアムズ研究会&新自由主義研究会一橋大学。しばらくもやもやしていたけど、ちょっと頭がすっきり。

が、その後また体調を崩すなど。

その他、いつものように学内業務など。